安田峰俊

中華人民共和国の首都は北京だが、例えば香港や台湾や、南方の広東省の住人たちは、北京を「北韃子」どもが住む単なる田舎街だとみなす価値感が根強い。香港人や広東人に言わせれば、北京は決して中国の中心ではないのだ。現在の北京を支配する共産党政権についても、過去のモンゴル人の元朝や満州人の清朝や、袁世凱の北洋軍閥や華北戦線の日本陸軍と同じように、所詮は夷狄か寇盗のなかまである「共匪」どもが、遠く貧しい北方の町で勝手に威張っているに過ぎないと考える冷めた視点が存在している。 現在の中国共産党は、「ひとつの中国」や「統一戦線工作」といった政治用語が大好きだ。2008年の北京オリンピックで採用された「同一世界、同一個夢想」というスローガンも、こうした言葉と共通する意図を持つ。だが、為政者たちによってこの手の言葉が盛んに使われるのは、現実の中国が本当はちっとも統一されておらず、中央政権のコントロールできる空間がごく限られたものでしかないことの裏返しにほかならない。 北京で天下をとったつもりでいる中国共産党が作った国家「中華人民共和国」とは、無限に近い広がりと多様性を持つ「支那」の内部で、ごくわずかな一部分を占めるささやかな存在にすぎない。